12/10/2010

Action

最後のAはAction。

これは未来に向けてのA。
ニルによると、今の民主政権になって10年ほど。まだまだ日は浅いけれども、学校をそれぞれの村に作ることや、インフラ整備事業などが進み始め、なんとなく変わってきたなあと感じられるようになってきたそうです。

そういえば、山間集落で会った子供たちは日本の中学生によく似た制服を着ていました。学校制度が定着するには、学校という器も必要ですが、教師やカリキュラム、そして学んだものを生かしていく風土が作り上げられていくことも必要です。

まだまだ時間がかかることです。

12/03/2010

Adapt

次のAはAdapt。

街の中には車やバイクが溢れています。車のほとんどがスズキの軽自動車。オートバイはおそらくOHVの200ccくらいのもの。
車のほとんどが日常の足として利用されるタクシーです。やっぱり車は自家用車というには手が届かないものだそうです。オートバイで面白いのは、運転している人はちゃんとヘルメットを被っているのに、後席に乗っている人は全然被っていません。交通法規上も問題なさそうで、不思議です。
一方で牛がそこここにいて、馬が走っています。
道路のルールはどうみてもなんでもありのように見えます。自由自在に追い越しをかけるかと思うと、交差点ではグリグリとノーズを突っ込んでいきます。

あー、このままでは事故になる!と思っても、何事もなくそれぞれのクルマは進んでいきます。

よく経済記事をみていると、新興国向け製品開発が必要だと書かれています。ただ安い製品を出せばいいのではなく、それぞれの土地柄をよく見て製品作りをしなければならないということが本当によく分かります。

軽自動車ひとつとっても、その使い方にはオリジナリティ溢れています。室内外の装飾も日本のそれとは違います。単純に文化を反映しているというより、車の使い方を発明しているように感じます。

11/09/2010

Accept

2010年になったころ、ネパールに行くことを思い立ちました。理由もさしてなく、何かしてみたいなあ、くらいの気持ちで。
一緒に行ってくれる人を募ってみたものの、誰も行く人なし。普通なら、ふっと湧いて消えるアイデアなのでしょうが、この旅は別でした。なぜか、ネパールに行かなければ、と思わせる何かがあったのです。
その何か、というのは旅立つまでよくわかりませんでした。漠然と、6000m峰に立ちたいなくらいの気分しかなかったように思います。

今、帰ってきてから思うことは、別に何か達成しないといけない目標があったとしても、それは旅に出かけるための言い訳に過ぎず、この旅でもっと大切なものを貰った気がします。キーワード化するわけではありませんが、結局三つのAに凝縮されるような気がします。

そのひとつめのAは、Accept。

ネパールは山岳地帯にあって独特の宗教観や生活を作り上げたエリアです。北にはチベット、ブータン。南にはインドと隣合わせ、東西にも政治的・宗教的・民族的衝突や不安定がつねに付きまとうところです。

様々な人種、村ごとに異なる言葉(今はネパール語で意思疎通ができます)、それぞれの宗教、陸続きの国境・・・。こうした環境ゆえに、この国の人たちは自然と、『受け容れる』ことを身に着けてきたのだと感じています。

それぞれのゲストハウスで出される食事。メニュの中にピザが必ずあります。始めはどんなもんだろうかと様子を伺っていたのですが、一度試してみたところ、とてもおいしいのです。でも、なにか違うなあ?と思ったら、すぐにわかりました。生地がチャパティなのです。ピザ向けに薄く延ばしたチャパティの上にピザソースを塗り、野菜や肉を載せて焼いているのです。

ガイドやゲストハウスの人は、英語を話します。人によってはイタリア語、スペイン語、フランス語も話します。その理由は、ネパール最大の産業である観光産業を機能させるため。でも、独特の文化を失ってはいません。自身の文化を破棄することなく、そこにうまく海外からの旅行者を受け容れる。

外から起こったことに対して、抗うわけでもなく、諦めるわけでもない。受け容れるのです。

プラクティカルに対応することで道を開こうとする姿勢。違いを受け容れること。事態・状況を把握してそこと折り合いをつけること。人の強さを感じます。

11/01/2010

テクノロジーが目指すべきこと

山中でよく見た光景として、携帯電話でガイドやポーターが信号が途切れながらも通話していることでした。興ざめと映る人もいるかもしれませんが、彼らの会話の内容は、次の村を越えて次の村まで足を伸ばすので、そこのゲストハウスで会おうとか、これから行く先の宿に電話をかけて、部屋の予約を取ったりするものが多いようです。今までであれば、村と村をつなぐコミュニケーション手段は、伝言によるものがほとんどだったわけですから、観光産業の質や効率を上げる上で、携帯電話は山岳地帯にコミュニケーション手段を張り巡らせるための絶好のテクノロジーです。

加えて、もし、その携帯電話網がきちんと3G、LTEやより高速のデータ網へと拡張されていけば、山岳地帯の村にいながらにして、学校でコンピューターの教育を受けた子供たちが、伝統的な山岳民族としての暮らしを踏襲しながら、Appsを開発して利益を得られるようになるかもしれません。
発展途上国でよくおこりがちな話として、政治家や一部の特権階級による経済力支配があります。山岳民族も自給自足的な生活をしているとはいうものの、徴税システムや貨幣経済の中に組み込まれているわけで、これを否定することはほとんど無理に近い話です。こうした特権階級による冨の支配を崩壊させ、国民だれにも機会の均等を与えるために、携帯電話網の高度化と展開はとても重要な意義を持つと感じます。

携帯電話テクノロジーを発展させ、発展途上国への普及の一翼を担う携帯電話テクノロジーを取り扱うハイテク企業は、近いうちにノーベル平和賞の対象になってもおかしくないのではと心から思います。

10/29/2010

10/30 From Bangkok to San Francisco

Woke up early morning, 4:00AM. Checked in and waiting for boarding time at Thai air lounge.
I'm a little bit concerned about the typhoon nearby Japan. I'll have to transit at Narita.

Last night, I drunk up a couple of dry gin, which reminded me the some experiences as a fairly tale.

I'm not a true monk but I feel that my trip makes me open. Thank you.

Glacier, which moves and makes history on the earth

There is no question that Glaciers at Annapurna Base Camp were the highlight on my trip.






村の学校

道中、チョモロンとトルカで学校帰りの子供たちを見かけました。
制服です。それも、日本の中学生によくにた感じです。

チョモロンで見かけた制服姿

トルカで見かけた制服姿

ニルによると、以前は、学校がエリアにひとつくらいしかなく、片道2時間くらいかけて通わないといけなかったのが、10年前くらいからの民主化作業の中で、山間部の村ひとつずつにきちんと学校を整備しようとなったそうです。まだまだ、先生の質やインフラが整っていないので、結果が目に見えるには、数十年単位を要するように思います。それでも、こうしたことが積み重ねられることで、教育の公平が浸透し、ネパールの地から多くの才能が開花することを願うばかりです。