2010年になったころ、ネパールに行くことを思い立ちました。理由もさしてなく、何かしてみたいなあ、くらいの気持ちで。
一緒に行ってくれる人を募ってみたものの、誰も行く人なし。普通なら、ふっと湧いて消えるアイデアなのでしょうが、この旅は別でした。なぜか、ネパールに行かなければ、と思わせる何かがあったのです。
その何か、というのは旅立つまでよくわかりませんでした。漠然と、6000m峰に立ちたいなくらいの気分しかなかったように思います。
今、帰ってきてから思うことは、別に何か達成しないといけない目標があったとしても、それは旅に出かけるための言い訳に過ぎず、この旅でもっと大切なものを貰った気がします。キーワード化するわけではありませんが、結局三つのAに凝縮されるような気がします。
そのひとつめのAは、Accept。
ネパールは山岳地帯にあって独特の宗教観や生活を作り上げたエリアです。北にはチベット、ブータン。南にはインドと隣合わせ、東西にも政治的・宗教的・民族的衝突や不安定がつねに付きまとうところです。
様々な人種、村ごとに異なる言葉(今はネパール語で意思疎通ができます)、それぞれの宗教、陸続きの国境・・・。こうした環境ゆえに、この国の人たちは自然と、『受け容れる』ことを身に着けてきたのだと感じています。
それぞれのゲストハウスで出される食事。メニュの中にピザが必ずあります。始めはどんなもんだろうかと様子を伺っていたのですが、一度試してみたところ、とてもおいしいのです。でも、なにか違うなあ?と思ったら、すぐにわかりました。生地がチャパティなのです。ピザ向けに薄く延ばしたチャパティの上にピザソースを塗り、野菜や肉を載せて焼いているのです。
ガイドやゲストハウスの人は、英語を話します。人によってはイタリア語、スペイン語、フランス語も話します。その理由は、ネパール最大の産業である観光産業を機能させるため。でも、独特の文化を失ってはいません。自身の文化を破棄することなく、そこにうまく海外からの旅行者を受け容れる。
外から起こったことに対して、抗うわけでもなく、諦めるわけでもない。受け容れるのです。
プラクティカルに対応することで道を開こうとする姿勢。違いを受け容れること。事態・状況を把握してそこと折り合いをつけること。人の強さを感じます。
He got an inspiration that Nepal called me to visit there. Now the time for him to start a little bit large scale walk about,
11/09/2010
11/01/2010
テクノロジーが目指すべきこと
山中でよく見た光景として、携帯電話でガイドやポーターが信号が途切れながらも通話していることでした。興ざめと映る人もいるかもしれませんが、彼らの会話の内容は、次の村を越えて次の村まで足を伸ばすので、そこのゲストハウスで会おうとか、これから行く先の宿に電話をかけて、部屋の予約を取ったりするものが多いようです。今までであれば、村と村をつなぐコミュニケーション手段は、伝言によるものがほとんどだったわけですから、観光産業の質や効率を上げる上で、携帯電話は山岳地帯にコミュニケーション手段を張り巡らせるための絶好のテクノロジーです。
加えて、もし、その携帯電話網がきちんと3G、LTEやより高速のデータ網へと拡張されていけば、山岳地帯の村にいながらにして、学校でコンピューターの教育を受けた子供たちが、伝統的な山岳民族としての暮らしを踏襲しながら、Appsを開発して利益を得られるようになるかもしれません。
発展途上国でよくおこりがちな話として、政治家や一部の特権階級による経済力支配があります。山岳民族も自給自足的な生活をしているとはいうものの、徴税システムや貨幣経済の中に組み込まれているわけで、これを否定することはほとんど無理に近い話です。こうした特権階級による冨の支配を崩壊させ、国民だれにも機会の均等を与えるために、携帯電話網の高度化と展開はとても重要な意義を持つと感じます。
携帯電話テクノロジーを発展させ、発展途上国への普及の一翼を担う携帯電話テクノロジーを取り扱うハイテク企業は、近いうちにノーベル平和賞の対象になってもおかしくないのではと心から思います。
加えて、もし、その携帯電話網がきちんと3G、LTEやより高速のデータ網へと拡張されていけば、山岳地帯の村にいながらにして、学校でコンピューターの教育を受けた子供たちが、伝統的な山岳民族としての暮らしを踏襲しながら、Appsを開発して利益を得られるようになるかもしれません。
発展途上国でよくおこりがちな話として、政治家や一部の特権階級による経済力支配があります。山岳民族も自給自足的な生活をしているとはいうものの、徴税システムや貨幣経済の中に組み込まれているわけで、これを否定することはほとんど無理に近い話です。こうした特権階級による冨の支配を崩壊させ、国民だれにも機会の均等を与えるために、携帯電話網の高度化と展開はとても重要な意義を持つと感じます。
携帯電話テクノロジーを発展させ、発展途上国への普及の一翼を担う携帯電話テクノロジーを取り扱うハイテク企業は、近いうちにノーベル平和賞の対象になってもおかしくないのではと心から思います。
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